Maki Hamanaka
霧箱の粒子
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箱の中の霧に顕れる小さな粒子
1897年に気象学者・物理学者のウィルソンは人工的な気体が作られた箱の中に電子粒子を投入し、そこに映し出された粒子の飛跡を見ます。《霧箱の実験》と呼ばれた、普段目には見えない小さな存在を仄めかすエネルギーの飛跡を証明するものでした。
今回の作品では、私のイメージが胡粉や墨をもちいて筆を通して描かれ、水に洗い流す工程を経て布の組織に粒子として形を残します。作品によっては複数回繰り返します。この工程によって、私は物質の粒子性を強く意識させられました。私は絵を描くと同時にその布に出入りする粒子を見る観察者でもありました。
この制作を始めてひと月が経った頃、《霧箱の実験》を偶然目にしました。彼の見た粒子と私の制作における粒子のイメージは良く似たふるまいをしていました。
彼の実験に至る経緯と私の絵画の制作過程も似たような道を辿っています。ウィルソンは山岳地帯での気象観測の体験から霧や雲の再現を試み、この実験に行きつきました。私も高山地帯特有の気象現象である白い大気(霧)の視覚体験から、現在の作品の様な着想に行きついています。
自然の中で事象として顕れる粒子。その形象をめぐる行程に私は魅了されます。この数年、目に見えない小さい粒子から発せられる存在感を感じ取ることが私の根本にある様で、これはモチーフや描き方が変わったとしても通底しています。
coelopleurum multisectum
2022
1167×910mm
亜麻布 胡粉 墨 鉄 葉
写真 鈴木良